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  • 2012.09.11 Tuesday
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一定期間更新がないため広告を表示しています


第8回JIYU-KENKYU 終了しました!


集まった履歴書


今回は、辻井喬『叙情と闘争』にパッションを受け、個人史と日本史(世界史)をつなげて語る、という試みをしました。なぜならば、自分という小さな歴史に閉じこもるのではなく、大きな歴史(日本史、世界史)の流れの中で、私という人間は「どのように生を受けて今ここで生きており」、こう言ってよければ「どのように死ぬのか?」ということを考えるきっかけにしよう、と思ったからです。
 参加者は、TUEさん、MIKIさん、吉田さん、聡さん、みねでした。また、会場への参加はなかったものの、聡さんの友人のGさんがメールで履歴書を送って下さいました。
 みなさん、こんな風変わりな試みに、一票を入れて下さってどうもありがとうございました。

みね:では、辻井喬の『叙情と闘争』を受けて、だったら、みなさんの過去を振り返っていただければと。そして、そのときどきの時代性を踏まえた上で、自分がそのとき何をしていらしたか?話してもらえませんか?じゃあ聡さんは?

聡:僕が生まれたのは1971年。70年代の終わりくらいにYMO、シンセの音楽が出て来た。それ以前までの、どんくさい音楽から、「パキパキ、つるつるした音楽」が始まりました。そしてそれが、他の文化にもひろがっていたイメージがあります。僕はY.M.O.は好きだったんですけどね。漫画でいったら、少年チャンピオン(『ドカベン』、『ブラックジャック』などを連載)からジャンプに変わって、絵柄が違うように思った。僕はそこになじめなかった。キラキラしているんだけど、キラキラ感に肌が合わない。80年代に小学校3年生だったのですが、そのときのなじめなさと、僕は残りの全人生で闘っている(笑)。

みね:じゃあ、そのキラキラ感や、パキパキ、つるつる感の本質とは、一体なんでしょうか?

聡:バブルの前なんですよね。ドリフターズがやっていることは、別にくだらないとは思わなかった。でも、「本人たちがくだらないと思ってやっていない」というのが嫌だった。そこだと思います。「くだらないことをくだらない、と気づかずにやってる」そんな人たちがテレビに多く出るようになった(ジャニーズとか)。



吉田:私は80年代はすごく好きな時代です。小学生でした。聡さんとのつながりで、文化的なことでいうとベストテンとか好きで観ていて、ジャニーズは興味がなかった。男性アイドルに萌えるよりは、女の子のアイドルに行っていました。事件でうと、85年日航機墜落事故、84年グリコ森永事件のキツネ目の顔の男が怖かった。脅迫文や、怪人二十一面相。江戸川乱歩の本も怖かったけど、あの事件は「架空の世界」とつながっている....そんなところが、怖かったです。

聡:犯罪が、個人と個人の恨みやつらみから起きるのではなくて、社会に対して個人が犯罪を犯すという、劇場型犯罪と呼ばれるものが出て来た、そのハシリですね。

みね:ところで吉田さんは、福岡の音楽フリーペーパー『SOUTH POP』をされていますが、それを発行するようになった経緯は?

吉田:それは自分の中でまだ整理されていない部分です。自分の感じていた、学校での疎外感とか、時代の影響もあるのかもしれないのですけど、もっと身近な背景によって書いています。書くのは昔から好きで、小学校の頃、保健委員会になったのは『保健便り』をつくるのがすきだったから。そんな個人的な動機です。ただ、『SOUTH POP』は、一般的なニュースだけではなく、もっとこういうことを知ったほうがいいんじゃないかとか、「じつは社会の片隅のことでこういうことが起こっている」というような、ジャーナリズム的ではない、ジャーナリストになりたい。そう思っています。

みね:吉田さんは、『SOUTH POP』が個人的な背景によるものであって、歴史的な背景はそれほど感じていないとおっしゃいましたが、私には吉田さんは、歴史とのつながりがとてもあるように思える。80年代に主にテレビを中心としたメディアから大きく影響を受けて来られたわけですよね?でも、今はメディアで取り上げないような、それでも重要なニュースを発信しようと考えておられる。つまり、ご自身がメディアから受けた影響とは、異なる種類のメディアのあり方に注目しているわけで、私には吉田さんはすごく一貫性があるように見えます。では、TUEさんはいかがでしょう。

TUE:私は、1972年1月生まれですが、連合赤軍浅間山荘事件が生まれて二週間くらいで起きた。後に親にこの事件がテレビで流れていた話を繰り返し聞かされて育ったので、自分の中でこの事件は大きい。1974年、『生物都市』が手塚賞に入選しています。もちろんそのことは、覚えていませんが、気になっていることです。私は4歳までには漫画を読んでいたのですが....。

聡:4歳までに漫画を読むってすごくないですか?!

TUE:で、1977年5月『ザ・チャイルド』なんの理由もなく子どもが大人を殺す、とくに理由の説明はない映画ですが、それを親と観に行きました。この映画を子どもに見せる親はどうなんだ、と思うのですが(笑)。1980年『狂い咲きサンダーロード』、1982『爆裂都市』、これをきっかけに私は音楽を聴くようになりました。1983年『バンデットQ』公開、....89年宮崎勤が逮捕されました。(私の自分史は)以上です。

みね:つまり、いまTUEさんのおっしゃった漫画や映画。それらの成分でTUEさんが作られているわけですか?

TUE:そう言っていいと思います。

聡:でもね。ぽつっと、ひとつだけ。宮崎勤だけ、事件ですよね?それは?

TUE:あとは、(映画や漫画のタイトルの)固有名詞になっちゃいますね。

MIKI:私の場合、TUEさんとの兼ね合いでお話すると、TUEさんが生まれた年の浅間山荘事件のときに、私は中三で、受験前でした。そのくらい年代が違いますね。そして、私にとってこの事件が一番、社会との関わりを意識したことです。そのころ、どんなだったかを思い出すと、ちょうどインフルエンザが流行りだして、あと何人休んだら学級閉鎖。あと何人休んだら学年閉鎖!そしてやっと学年閉鎖を勝ち取った!という団体戦をやっていた時期でした。そして、家で机にラジオはおいて、勉強していました。でも、浅間山荘のあのどーんどーんというのが気になっていました。そんなことを覚えています。本当に、受験勉強真っ最中という時期でしたね。

みね:なるほど。履歴書を拝見すると、音楽のエピソードがありますね。お話いただけませんか?

MIKI:姉がSP版のシングルをたくさん持っていたので、10歳頃に、BEATLESを聴いていました。耳では洋楽が入ってくる方が早かった。小学校六年生のときにクラスで「巨人の星」を歌ったのですが、でも私は知らなくて歌えなかった(笑)。1969年頃から漫画に目覚めまして、萩尾望都さんの漫画とかですね。やりたいことは、就職したらできなくなるので、大学の頃にクラシックバレエとバイオリンをやりました。就職、結婚してからは、85年ぐらい....そう。国鉄の民営化が大きかった。家が線路の近くなんですが、明日から民営化になります、というときの夜でした。電車は警笛をいつもよりずっと長くならして、あの夜は走っていた気がする.....。主人の職場にも、国鉄から再就職してきてた方がいたので、決して人ごとではなかったです。



みね:私の場合は、80年代に多感な時期を大分で過ごしましたが、映画とPARCOが大きかったです。まず、1987年ヴェンダースの『ベルリン天使の詩』、ちょっと前のカラックスの『汚れた血』、それらから受けた影響が大きかった。大分にはシネマ5という映画館があります。その映画館は『ベルリン天使の詩』公開の際に、夜、大分PARCOの壁にフィルムを映していたんです。でも大分とはいえ、PARCOは駅前にありますから、暗くならず、なにが映っているのかよくわからないという状況に(笑)。シネマ5は現在も大分にありますが、当時からそんなものすごく素敵な大人がたくさん周りにいて、私はいろんなことを感じながら中学、高校と過ごすことができた。あとは、PARCOの洋書コーナーで写真集を立ち読み。これはしょっちゅうやっていました。映画とPARCOに育てられました。

みね:もうひとつは1997年が私にとってひとつのターニングポイントでした。調べてみると、1997年には永山則夫さんが死刑になって、神戸事件が起き、ダイアナ死去、HANA-BIがベネチア映画賞グランプリ、山一証券が破綻しています。そして、1998年から自殺者が3万人を越しています。やはり、1997年に何かが壊れた...気がします。そして、これまでの日本のやり方とは別の、新しい方法を模索し始めた人が多い気がしています。結論として、80年代後半の映画とPARCO、そして1997年という年が私にとって大きかったです。

聡:今日はこの場の方以外にも、私の友人のGさんがメールで履歴書を送ってくださったのでそれを紹介しますね。彼は1968年、三重県の生まれなんですが、関西とか佐世保等色んな所に住んでいたそうで、やはり幼少期〜青年期にはお笑い、映画なんかの影響が強かったそうです。それで、91年から知り合いに仕事を紹介されて福岡に移られるわけですが、その引越し作業の最中にラジオで湾岸戦争勃発のニュースを聞いたという。

みね:1991年に仕事を紹介されて福岡に来られたというのは興味深いです。その頃福岡には多分他の地域と比べても仕事が沢山あったのではないかと。この前2年くらいから福岡では、例えばよかとぴあ(1989年に福岡で開催されたアジア太平洋博覧会の愛称)が行われたり、大規模な商業・文化施設が相次いで建設されたりしてるんですね。



みね:それでは、ここまでで、皆さんの個人史を歴史とからめてお話していただいたわけですが、これからどうしたいですか?お聞きしてもよろしいでしょうか?

聡:え?そんな質問がくるとは思わなかった!!

みね:ふふふふふ。

TUE:私は生きて行ければいいです。あまりきつくない範囲で。

聡:おもしろいことをやった方が勝ち、勝ちという言い方はよくないかもしれないけど。僕が日本社会になじめなかったことは、自分にとって嫌なことでもあるんですけど、そのことをアドバンテージにしてこういう人にしかできないことができたらいいな、と。ものを書くのもいいし、猫と遊ぶのもいいし、音楽をやるのもいいし。俺にしかできないことをやって、周りの人がおもしろがってくれたらそれでいいんじゃないか。世の中変えるとか、大きな目標はないけど、そこがまず自分の中でぶれないで、結果的に何か伝播していったらいい。

吉田:今って、音楽で食って行くってすごくむずかしいことじゃないですか。お金をかけないで、皆が協力しあって、いい音楽を残すという仕組みを作りたいです。そして、今それができつつある.....。

みね:それはすごいなあ。MIKIさんは?

ー不意に「おおおお!!!」と、歓声があがりサプライズ。世界激場第一回で講演をしていただいた、漫画評論家の紙屋高雪氏が登場。ー



みね:中断させてごめんなさい。MIKIさんは?

MIKI:みなさん未来のことをおっしゃいましたが、私にとって5年、10年先だとか、そんな概念はないですね。私は事故に遭った経験があって、命が助かるかどうか、そんな瀬戸際を経験しました。ですから今日一日、それだけを生きて行くのが大事なんです。もう、それだけ。一日一日が大事なんです.....(皆、真剣にMIKIさんの話に注目していました...!)

みね:では、紙屋さんが登場したので、紙屋さんにお話を伺いましょう。浅間山荘事件について共通して述べたのが、MIKIさんとTUEさんでした。紙屋さんは山本直樹の『レッド』の解説をお書きになっていっらっしゃいますが、浅間山荘事件によって、何が変化したと思われますか?

紙屋:うーん。たとえば、実力で、議会を通さずに世の中が変わるというやり方について、みなさんはリアリティがありますか?

TUE:まったくないです。

紙屋:最近出た本でジェラルド・カーティスの『代議士の誕生』という本があります。昔出した本の復刻です。大分2区を密着ルポした本ですが、自民党の代議士がどうやって誕生するのかという本です。それはちょうど大学闘争やってたときですよ、連合赤軍がやるちょっと前ですけど。それを読むと、自民党の政治というのはびくともしない盤石な守りで作られているわけです。そういうときに、大学で棒を振り回したりしてやってる。僕からするとですね、ぜんぜん(笑)最初からリアリティがないという感じなんですよね。武力によって世の中を変えるというやり方が。こないだ小熊英二の書いた『1968』という本があるんですが、あれ(連合赤軍の事件)は、小集団の事故だよ、過剰な味付けをするのはダメですよ、と言ってるんですね。誰もがあの事件を過剰に美化したり、過剰に語りたがるわけですが....。

紙屋:今、武装闘争のはなしをしましたが、ああいう人たちは、70年代になってもっと地道な活動の方に流れていったんです。エコロジーや公害闘争などです。そしてそのひとたちは今、大いなる遺産を作っています。ピースボートや、地域に密着して活動...ですから、連合赤軍をある意味持ち上げすぎるという世の中の風潮が嫌だな、と思っているという感じです。僕にとって連合赤軍はどうでもいい。もっと着目しなければならないのは、地下にもぐっていった、地道な活動の方です。

(まだまだ話は続きましたが、ここらで。たくさんの方のご参加をお待ちしています!)


JIYU-KENKYU第8回の履歴書について

  こんにちは、世界激場実行委員の聡文三です。
 先日お知らせした、明日のJIYU-KENKYUの履歴書に関する件です。
 今朝、履歴書のみの参加ご希望の際に送信先として指定したメールアドレスsekai_gekijou@yahoo.co.jpに関して不具合が発覚し、メールの一部が受信できない事態となっております。現在復旧に関してはYAHOO側に問い合わせておりますが、いつ復旧できるかは分からない状況です。
 もし、今回履歴書のみの参加をご希望の方で既に履歴書を送られていた方がいらっしゃいましたら、まことにお手数をおかけして恐縮ですが、下記のアドレスまで再送して頂けますでしょうか。
 こちらの不具合でご迷惑をおかけして申し訳ありません。よろしくお願い致します。

再送先:tagahillrecords@yahoo.co.jp

8回目のJIYU-KENKYUはテキストを読む代わりに皆さんに宿題を出します(笑)。

  みなさんこんにちは、世界激場実行委員です。
 今年2月から始まったプレ勉強会「JIYU-KENKYU」も早いもので次回で8回目となります。
 JIYU-KENKYUは毎回1冊ずつテキストを読んでくる、というのを課題に出していたのですが、たまにはちょっと趣向を変えてみたくなりました。毎回同じパターンだとやる方も飽きますから(笑)。

 今年の夏、1冊の本が出版されました。
 タイトルは「叙情と闘争〜辻井喬+堤清二回顧録」。「JIYU-KENKYU」でも既に何度も取り上げた、元セゾングループ総帥にして文学者の辻井喬が、自らの半生を振り返った本
世界激場第8回参考図書(叙情と闘争)です。
 ただ半生を振り返るといっても、彼の場合単純な個人史ではすまない。戦後の財界・政界・文学界の数々の重要人物とのエピソード(ざっと挙げてもマッカーサー、吉田茂、本田宗一郎、三島由紀夫、周恩来他)があったり、後々までに影響を与えた重大事件(連合赤軍、ソ連崩壊、バブル経済の盛衰等)に当事者として関わっていたりする。分かりやすく言えば、彼の個人史が日本の、世界の歴史とリンクした形で存在する、という感じです。

 しかし思うのです。本当は我々だってそうなのではないかと。別に大政治家の家に生まれなくても、企業のトップとして社会を変えなくても、僕らの生は否応なしに世界とリンクし、時にその流れに影響され、また逆に世界にごくごくわずかかもしれないけど影響を与えたりしてるのではないかと。
 で、彼のような「選ばれた立場」の人間じゃない、平々凡々な、でもその人自身しか生きられない生を生きているこれ書いている僕や、これを読んでいるあなた。その生が世界の動きとどんな風に関わりあっていったのか?むしろそっちの方を読んで、話し合いたくなったのです。

 ただいきなり自伝書いてもらうわけにも当然行かないので、一計を案じました。
 皆さん1回くらいは履歴書書いた事ありますよね?今回はその履歴書を書いてもらいます。
 履歴書風に書くという事ではありません。文字通り、就活とかで使う履歴書の様式に書いてもらうのです。
 例えば、学歴・職歴を記入する欄ありますよね?あそこに個人的な事柄(「1989年 中学校入学」とか)を書いて、並べてその頃世の中で起こってた印象に残ってる事件(1989年だとベタな例ではベルリンの壁崩壊、とか)を書く。で、右側の余った欄とかにその時どう思ったとか、実は当事者でしたとか、そういう個人的なその事件との関わりを書いていく。それを並べていくだけでも結構面白い物ができるんじゃないかと思うんです。
 とりあえず、僕の例を参考として↓の画像で紹介しますのでご覧下さい。

JIYU-KENKYU8回目の履歴書記入例_小

ただ、こういう書き方でなくてもいいです。また、別に社会的なの重要事件ばかりを取り上げなければならないわけでもありません。小さい事件でもその人の記憶に一生残るものってありますからね。
 で、来月の第1弾ではそれを持ち寄って、お互いの履歴書を見せっこして、あーだこーだ言いあう。更に12月の第2弾で、前回の分+追加した分をまとめて、年表を作ってみる。ここまで行きたいと思います。それを通じて、我々がいる「今・ここ」について色んな発見が出来たら最高だなと。

 先に挙げた「叙情と闘争」はあくまで参考図書という事で、興味があれば読んでみる位で考えて頂けたら結構です。
 また、当日来れない方は履歴書のみの参加でも結構です。当日までに履歴書の画像orテキストファイルをsekai_gekijou@yahoo.co.jpまでで送って頂くか、直接実行委員に手渡すか郵送化して頂けたら必ず当日持って行きます。
 あと当然の事ですが、後日レポートを公式ブログに掲載するに当たり皆様の個人情報は遵守する事を約束いたしますので、皆様奮ってご参加下さい!

日時
第8回;2009年11月1日(日) 12時〜14時
第9回;2009年12月5日(日) 12時〜14時

会場 福岡市美術館2F カフェテラスなかむら


JIYU-KENKYU第7回が終了しました!そのレポートです。

10月4日(日)、福岡市美術館の2階、カフェなかむらにて、TUEさん、岩本さん、聡さん、みね、計4名の参加のもと、堤清二、三浦展『無印ニッポンー20世紀消費社会の終焉』をテキストにJIYU-KENKYUが行われました。この本が「20世紀型(大量生産、大量消費)の消費社会とは何だったのか?」「これからはどのような生活スタイル(消費スタイル)に変化するのか?」といったことを大きなテーマとしていたので、今回はそれを読んだ各自の実感などを話し合う内容となりました。
(この記事の編集文責は世界激場実行委員にあります)

みね:(作成したレジュメにもとづいて報告後)というわけで、ここで言っていたことは、まず堤が80年代に世に送り出した「無印良品」が、実は反体制商品だったという経緯ですよね。ひとつは、その当時の「アメリカ的豊かさ(企業主権、大量生産)」に対するアンチテーゼ。もうひとつは、「ファッション性の追求へのアンチテーゼ(消費者主権)」。とくに、従来の商品が買わされて使わされるのだとしたら、無印の商品とは、自分の創意工夫によって、自分の生活を作り出す感覚。

みね:それに対して、三浦氏がこう評価しています。「無印良品とは、これで十分、これでいい」という発想だったのでは?と。三浦はそんな無印の「たいしたものはないが十分これで暮らせる、『これでいい』」という価値観が、実は時代を先取りしていたものであり、現在の日本や世界の消費をめぐる時代転換期にとって、キー概念となるのでは?と述べていたと思います。つまりこれまでの大量生産、大量消費型の消費社会が、この100年自動車の製造業に象徴されるように....GMが破綻したわけだから、終わりを迎えていて。まあ、誰もがばくぜんと「時代の変わり目だな」と感じているとは思いますが。これからの消費活動や私たちの生活の態度は、「無印的」な感じ(ミニマムなもので足りる)に変化するのかどうか、そういったことを中心に今日は議論していきたいと思います。


(撮影:TUE)

「無印感」について

みね:まず、皆さんそれぞれに「無印感」というものがおありでしょうから、それについてコメントをいただけますか?

聡:じつは昔から文房具が好きなんですよ(三菱か?TOMBOのレトロな鉛筆にふれながら)。でも、最初見たときの印象は....無印の鉛筆には、ロゴが書いていないでしょ。それが、不安になるんですよ。正直に言って違和感はあった。だから、無印のターゲットはある程度、大人の人だったのでは?つまりですね、たくさんの中から商品を選べて、ブランド志向に疲れたり飽きた人がターゲットだったのでは?だから、価値観の違う人に(商品を選べない/ブランド志向に疲れているわけでもない人々)そのメッセージがストレートに届くのか?という点では、ちょっと疑問です。だから、僕としては、後天的に無印の思想は理解できるけども、共感4割。

みね:私にとって無印は、小学生の頃でしたが、ちょうどサンリオにはまっていて、生活のすべてをなるべくサンリオ商品で買いそろえていました。そこに、無印が現れたんです、とびつきました!珍しくてきれいで、欲しくなる商品だったから。つまり、無印良品は、この本に書かれてあるストイックな思想的な背景とはまったく逆で、小学生の私にとっては単なる新しい消費の対象でしかなかった。そして、サンリオ同様、相当にお小遣いをつぎこみました(笑)。でも、途中で挫折しました。あまりに商品の数が多くて、全部揃えることができないとわかったから。

TUE: つまり、(聡さんの好きな鉛筆は)工業デザインで、機能を重視した「工業デザイン」から、可愛い絵が書いてある「サンリオ」への流れは、ちょうど対立軸にあるんですよね。

みね:なるほど。そしてさらにごちゃごちゃしたキャラクター入りの「サンリオ」から、シンプルな「無印」への流れというのも、対抗軸。でも、消費という点では、結果的に、私にとって無印とサンリオは一緒でした。岩本さんは?

岩本:自転車はみな乗ってましたね。本の中で、ユニクロと無印が似ている、という話がでてきましたが、僕はユニクロと無印は、無印の方が好きです。ユニクロは、目がチカチカする、あの色が。ユニクロの場合、品揃えもいいし色もたくさんあるけど、でもユニクロってわかるんですよね。だから、ユニクロを買うと、人と同じものを着なければならないってことになる。安ければ安いほどいいけれど、ユニクロは実はユニクロだと主張としている。色揃えが良いようで、その色がユニクロと主張している....。

TUE: 私は、ユニクロというのは、地方都市、田舎の発想だと思います。商品のコンセプトが。「品揃えいっぱいあります、お安くしておきます。」スーパーに近いんですよね。無印は、都会の発想ではないかと。もしくは、都会に憧れている人の発想。ちょっと、カフェ人種に近いかな。オーガニック、ロハスにも通じるところがあります。

みね:なるほど。

岩本:そういえば、ほかに安いといえば、ダイソーで買ったTシャツなんですけど、ガーゼでできてまして(笑)。びりっと(スーパーマンの変身のようなしぐさをしながら)、自分で破けるんです(一同、爆笑)。ははは。


「無印は現代の免罪符?!」

聡:先ほど、無印とユニクロの比較が出ましたが、僕は服だけのユニクロ、生活全般の商品がある無印、つまり共通のくくりとして考えたことがなかったんですよね。あえて、比較すれば....事実として、僕はユニクロ、無印は、両方買わない。ユニクロは、長い目でみたら、自分の首を絞める。で、無印は、逆にその構造を見えなくする。

みね:「首を絞める」とか、「首を絞める構造を見えなくする」というのは、どういうことですか?

聡:たとえば、マクドナルドを食うときのオレ。そのとき、負い目を感じながら食うんです。自覚できるんです。僕の考え方でいえば、「未来のない考え方」に、今、自分が加担しているなーって。食べながら、それが感じられる。でも、無印は「免罪される」気がするんですよね。たとえば、無印は、それを買って消費することで、「自分はアメリカ的な消費とは違うよ」という無印の考え方に一票入れたと、無意識のところで思っているんじゃないか。僕は、むしろそこで完結していることに抵抗を覚える。結局、無印を買っただけじゃ変わんない。無印は、「現代の免罪符」。免罪符によって、逆に見えなくなるものがあるんじゃないの?って思う。

みね:その考え方は、面白いかも。

聡:消費者主権という明確さはわかるし、たしかに無印は、世の中をかえた。それは、賞賛に値します。


「21世紀、私たちの消費活動のゆくえ」

みね:ふたを開けてみると、この本とはまるで別の「無印感」が出て来ましたが、つぎに今、世紀転換期と言われていますが、みなさんの生活で、とくに消費活動になにか変化があったか、行為でも内面でもかまいません。コメントをいただけますか?たとえば、著者の三浦氏は、「共費」という概念を提案しています。一つの車、一つの部屋を複数の人間で使用する。これまでのように私有財産を増やす方向に人々が向かうのではない、共有財産という概念に着目しています。

TUE:趣味以外にはお金をつかわない。いや、私は食事を抜いても、趣味にお金使いますよ。豊かな生活はしたことがない。ずっと法定最低賃金以下、3年くらいしか法定最低賃金しかもらったことがないですね。人が言う「金がない」というのは、お前これまで何に金をつかってきたんだ?自分が好きなことに金つかえ。と言いたい。私は何があろうが、変わらない。洋服なんかも社会的につきあうための、道具なだけ。何着てもいいなら、自分はバンドTシャツを着ます。

岩本:自分は、金は貯めたりせずにどんどん遣うんですけど、前みたいに、アホみたいに飲みに行くことがなくなった。これをがまんしてというのは、飲食代くらい。それも、以前があまりに、(外食費や交際費の)比率が多すぎたというだけで。ただ、今でもレコードはよく買う。それくらいかなあ。

聡:まず、これまで物買う生活自体を、して来なかった......。

TUE:.......この3人に消費についてきいたのが、まずかったですね(一同、爆笑)。

聡:そもそも、物を買う生活ではなかったから、この不景気でどうかというのは、正直わからない。ただ、自分がシゴトがなかったときどうだったか、ということを思い出すと、生活が成り立たないところまでいくのは好きじゃないから、出費の中で減らすところは減らす。でも、子ども時代に「望遠鏡が欲しい、だから貯める」というような、そんな感覚は変わっていないな。

聡:個人的なところから離れて回りをみると、控えている感じと言うのがある。我慢している人の方が多いと見える。景気が上向きになると、買う衝動どっと出てくるんじゃないかと。物が売れなくなったというけど、逆に買う衝動が今までが多すぎたんじゃないかな、って思う。人間ってね、消費ってのが楽しいって側面があるのがあるから、無駄な消費もある。消費が楽しいから消費する。それはわかる。自分もある面、そうだから。でも、バブルのとき思ったのは、純粋に消費したいと思ってしてるのか?ってこと。こいつら、周りに煽られて消費してたんじゃないかって思った。だから、景気が上向きになったら、また同じことの繰り返しになるんじゃないかと。何も変わらないんじゃないかと。だから、僕はそこらへんの見極めをしておきたいと思っています。


(撮影:TUE)

「読後の感想 1. 聡さんが吠える?!」

聡:ちょっといいですか。実はこの本で、疑問に思うところもあって。三浦氏が、「これでいい」というのが「現状肯定」というのなら、問題ではないかと。強い言葉を使っていい? 棺桶に片足つこってんでいる人たちなら、これでいい。

みね:棺桶に片足をつっこんでいるのは、誰ですか?

聡:この本の著者の二人(一同、静まる)。三浦氏や堤氏、この二人は派遣で切られて、ホームレスになっている人に、「これでいい」と言えるのか?「これでいい」というのが、「物質的に豊かになった延長線上で」言われるのであれば、たしかにこれでいい。僕もそう思う。でも、これからもずっと同じことがつづくけど、それでいいというのであれば、それは僕はいやだ。この人たちは、今の最低ラインを、ぜったいにわからない。そして、僕も最低ラインはわからない。だけど、それをわかろうとする創造力はあった方がいい。

聡:たとえば、赤城さんの戦争論がこの本で出ていましたよね。たしかに、戦争論は、僕も嫌いです。そもそも「実は戦争があっても格差はあるんだっていうこと」を、赤城さんはわかっていない。そこがダメ。しかし、誰だって戦争なんか嫌いなわけです。でも、それでも赤城さんがそれをいわざるを得ない状況を、この二人こそ想像する創造力がないよね。と、思う。つまり、三浦氏による説得力のある、「これでいい」という考察はなかった。そこが、この本のちょっと杜撰(ずさん)なところではないかと。

みね:他にもあれば、どうぞ話してください。

聡:もうひとついいですか?三浦氏の郊外の議論に関して、断絶を感じるところがありました。本に出てくる、東さんたちの言説は...彼らは自分たちと同じ世代です。僕らの世代は、地方の状況を言えば、テレビで均質な情報が流れ込んで来て、レコードも大型店があって、がんばらなくても買える。地方固有の風景が失われて、というのを目に見えるかたちで体験してきました。日本中どこでも郊外は同じ風景をしていて、隣近所の関わりが壊されて。その代わりに僕らに与えられたのが、テレビだった。深夜放送、ラジオ放送とかね。「人生で大切なことはぜんぶガンダムで習った」っていう表現があって。

TUE:「人生で大切なことは幼稚園の砂場で習った」のもじりですよね。

聡:はい。すごく僕はその言葉が嫌なんだけど、でも自分の中で抜きがたくある。もちろん、彼ら(堤氏、三浦氏)は、本物ですよ。でも、僕らのように偽物しかみたことがない人は、ファイクが普通である、てこと。そっちから見たら、郊外の風景はフェイクだけど、こっちからみたらフェイクはリアリティなんだ。それは、言いたいな。

みね:そうは言っても、郊外のショッピングセンターというのは、本当に嫌な気分になります。実際に凶悪犯罪は、都市部ではなく郊外で多く起きてますよね。郊外にできる24時間の大型スーパーによって、お母さんがパートに深夜出るようになる。すると、徐々に家族が解体されていきますよね。風景だけではなく、そういう住民の家族生活を壊すという意味でも、嫌なのですが。

聡:僕だって、郊外のショッピングモールなんて嫌ですよ。嫌だから言うんです。フェイクが普通になってしまった僕らと、彼らの理論の間には、そんなに困難さがあるんだよ、と。それだけは言っておきたい。....とまあ、さんざんけなしたんで(笑)、この本の良かったところはですね。本の98頁にある、「今ある豊かさを疑ってしまう」というセゾンのメッセージ。これは「降りられるものは、降りていい」ってことですよね。消費が落ち込もうが、長い目でみれば、この発想はいいと思います。


「読後の感想 2. 堤清二は究極の合理主義者?」

みね:他に感想でもいいし、今の自分が気になっているテーマなどがあればお願いします。

TUE:最近の広告代理店が趣味がよくなってほしいな、と思います。

みね:夢や希望はありますか?

岩本:ありますねー。あります。自分の中で「何がしたい」というものは、ある。そして、世の中に対して被害的な気持ちはないし、自分の今の状態は、いままでやってきたことの延長だと言う自覚はある。だから、むしろ世の中がどうこう、というのはない。自分のなかにぜんぶ(夢や希望が)ある。

みね:私の感想は、この堤氏の思想のユニークさ。それが残りました。堤氏にとっての前近代/近代化とは?という問題がこの本にはひとつあると思います。彼にとっての前近代とは、差別、理由のない理不尽な習慣で、それらに対する深い憎しみがまず、根底にある。それに対抗し、近代的であろうとしていて、また実際にご自身の企業を通じて、「人権、平等などの近代の美徳」を実現しようとしてきたのではないかな、と思います。

みね:ただ、ここからが面白いところなのですが、堤氏は、この本の中だけでも、ケースによって新自由主義的だったり、修正資本主義っぽかったり。態度が矛盾するんです。そこからは「ケースによって一番最前の選択をする」という、究極の合理的な人物像が浮かび上がりました。アレクシス・ド・トクヴィルというフランス人がいますが、初期のアメリカの民主主義をレポートした人です。彼はフランス革命や、そのあとの恐怖政治を体験して、実際に身内も殺されたそうですが、なにかひとつの絶対的な信条や主義というものを信じていないんです。その人と、印象が似ているな、と。何かによっかかって主義に溺れるんじゃなくて、現実の中で考えて調整して、最終的には合理主義をつらぬく。そこが彼のオリジナリティだと、思いました。

聡:そして彼は合理的で、なおかつ「天然ボケ」のところがあるよね(笑)。今回の副読本に挙げられていた、『消費社会のゆくえ』も合わせて読むとわかるけど、これって「ボケとつっこみじゃん!」と。ボケの方が堤さんで、つっこみが上野さん。Amazonのコメントでもそういう感想がでていて、みんなもその印象は同じなんだなあ、と(笑)


次回は、「歴史」をテーマにした回にしたいと思います。お楽しみに!

JIYU-KENKYU第7回を行います!

  お久し振りです。衆議院選挙も終わってしばらく経ち、街は少し落ち着きを取り戻してきたようですね。
 勿論選挙の結果どうなるか、も大事な事なんですが、世界激場としてはもう少し大きなパースペクティヴで世の変動を見つめてみたい。
 そのためには今回、こんな本を読んでみたらどうだろうと思い、次回のJIYU-KENKYUのテキストを決定しました。

JIYU-KENKYU第7回 詳細
日時:2009年10月4日(日) 12時〜14時
場所:福岡市美術館2F カフェテラスなかむら
テキスト(必読):『無印ニッポン―20世紀消費社会の終焉』堤清二・三浦展 著、JIYU-KENKYU7thテキスト
中公新書 777円(税込) 

※副読本(希望者のみ):『ポスト消費社会のゆくえ』辻井喬・上野千鶴子 著、文春新書 945円(税込) 

内容:開催前に各自テキストを読み、その内1名が(実行委員が担当)内容に関してレジュメを作ってくる。当日はテキスト&レジュメを基に、各自が質問・感想・意見・批評等を語り、そこからディスカッションを発展させる。月に1度のペースの予定。
 テキストに関しては、全員分を購入する予算はないので(笑)、申し訳ないですが各自自己負担で購入という事でお願い致します。何卒ご理解頂けたらと思っております。
 参加をご希望の方は、10月2日までにsekai_gekijou@yahoo.co.jpまでメールでお知らせ下さい。参加資格は特にありません。
多数の方のご参加をお待ちしています。
JIYU-KENKYU7th副読本

今回はテキストに加え、副読本も選んでみました。といっても副読本は必読というわけでなく、希望される方のみで結構です(ただ、これはこれで面白い本だと思うのでお奨めです)。
 発表が少し遅れてしまい申し訳ないですが、今からテキスト、読んでみてくださいね。
 それでは皆さんふるってご参加下さい!!

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